以前に「日本古来の武士道精神」などという標語で、自由主義史観を宣伝している方がいましたので「武士道とは何の事だ?江戸以来と言うと水戸学の事か?貴方に武士道が語れるのか?」と批判したことがありますが、これは別に相手をやり込める為だけに言ったことではありません。歴史的にはいわゆる日本古来の伝統文化と宣伝されるものはほとんど明治以降の創作なのです。食文化も例外ではないです。
明治以前に日本庶民に武士道などという規範はなかったのです。明治維新を四民平等とよく表現しますが、これはこれで日本社会の大きな進歩の一つだとは思いますが、しかし社会規範倫理観的側面から見れば明治政府が強引に「国民皆武士」を押し付けた、と言うのが正鵠でしょう、何のため?国民皆兵制度の為です。庶民もなんだか偉くなったような気がしたのではないでしょうか?しかしこの倫理規範は決して現代の人権ですとか平等の概念とは異なるものです。
しかし広範にわたる文化論なので私の筆力ではなかなか表現できなかったのですが、あるホームページでわかりやすく書いてあるページがありましたのでご紹介したいと思います。いわゆる「道」の付くものは全て明治の創作である事が良くわかります。
明治維新と武士道上記ホーム
田村貞雄(元日本大学国際関係学部教授:日本近代史)のホームページ#2007/9 現在リンク切れ。
一部引用
「武士道」という言葉は、江戸時代よりも明治時代になって多く使われるようになりました。江戸時代の終わりごろには、「士道」という言葉が使われるようになりましたが、明治維新で武士がいなくなってから、「武士道」が発生したのです。
その点は、武術についても同じです。1880年代に柔術が柔道といわれるようになりました。その成功を見て、剣術を剣道というようになりました。武術だけではなく、立花(りっか)や生け花を華道というようになり、茶の湯を茶道というようになりました。
「道(どう)」というのは、明治維新後の用語ですが、いったん「道」が用いられると、それが古くから行なわれているように宣伝されました。こうしてが行なわれるようになりました。
1889年に大日本帝国憲法が公布され、1890年の教育勅語が発せられました。これらは天皇制への臣民の忠誠を強調していますが、そのために儒教や武士道を、教育の基本にすえたのです。人口の5%に過ぎない武士のモラルが、日本人全体に押し付けられました。そして多くの挿話が強調され、武士道という伝統が創造されたのです。
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