Re:Timperleyの電文
QBCさん:>中国のサイトを調べると、確かにそのように説明されてるし、記念館にも証拠として展示されてるみたいです。 >ただ、何故か中国では、広田自身が大虐殺を認知したみたいに成ってますが・・・。
千龍網.com の記述は、アイリスチャンの本の受け売りでしょう。 広田電の "Nanking (and) elsewhere" は「南京とその他の地域」ということであり、必ずしも南京でという意味ではありません。Timperleyの"What war means"の記述と比較すると、これは揚子江デルタ地帯(華中)の被害についてのことであると判定できるわけです。このことは、笠原十九司氏がアイリスチャンに会ったとき指摘しました。[藤原彰編『南京事件をどうみるか』青木書店,1998年, p.176] しかし、広田電では、ニュースソースと場所が揚子江デルタと書かれている個所が削除されていたので、電文だけ見るとアイリスチャンの解釈が成り立たないわけでもなかったのです。Timperley本人がこの電文の原文を書いた手紙が、2002年に発見されたので、アイリスチャンの解釈が成り立たないことは確実となりました。(この手紙は、まだ公開されていません。) 今後、ジャキノ神父が、どのような事実に基付いて戦争被害を算定していたのか、その資料を探す必要があります。
以上のように、Timperleyの電文は南京事件の被害者数について述べたものではありません。また、軍民合わせて「30万余」は南京軍事法廷の判定ですが、この電文の「30万」と関係があるという根拠はありません。 そもそも、Timperley が日本の検閲で差し押さえられたこの電文は、当時の新聞・雑誌に掲載されたことがないようです。従って、軍事裁判の参考にすることは不可能と考えられます。
たまたま、30万という数が同じだということで、アイリスチャン本や北村稔本のように、これだこれだと言うのでは困ったものです。
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