馬渕逸雄著『報道戦線』 に、ざっと目を通しました。 『中帰連』22号の記事を書くために、上海での日本軍による言論統制について資料を集めたことがあるので興味く読めました。 当然、当時(1941年)には書けなかったこともあると思いますが、南京の宣教師がデマ宣伝をしたとか、南京事件の報道が海外でされていたという事実が前提となっている部分もあります。まぁ、上海で外国報道陣に痛い目に会っていますから、印象が深かったんでしょう。 それから、米国籍の漢字新聞「大美晩報」が微妙な立場にあったことが分かりました。1937年12月末の南京事件の報道に関して、工部局警察処資料に「アクションを取らず」(原文は英語)とのコメントが手書きでされていたものがあったのですが、これは同紙が工部局警察に監視されていたことを示しているようです。石川達三『生きている兵隊』の中国語訳を掲載したのも、確か「大美晩報」だったと思いますので、実物を見てみたいものです。 報道部という制約からか、必ずしも日本軍の作戦や特務機関の活動を著者が知っていたわけではなく、また、1937-8年については回想ということもあって、事実関係がまるめられ、単純化されて書かれているように感じました。 この本の刊行時点では、もはや欧米に気兼ねしなくてよいので、上海接収については、いさましい書き方になっていますね。 他の資料と比較しながら読むと、当時の言論統制について理解が深まるのではないかと思います。
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