畑違いの本に浅見一男氏の名前が出てたので、少々驚きました。
「模型大会での優勝 昭和十七(一九四二)年二月十一日紀元節の日、 千葉県国分台にあった練兵場で毎日新聞社の主催で第一回全日本ガソリンエンジン模型飛行機競技大会が開催されました。先のドイツからの技術者を招いての講演会に参加した関係から、毎日新聞の催事担当者であり、自らも模型飛行機の権威者であった浅見一男氏と縁が出来、ぜひ参加してほしいと依頼されたのです。」 (「日本プラモデル興亡史 私の模型人生」 井田博 文春ネスコ 2003年 P84)
「模型屋を再開 関門海峡の青い空に模型飛行機が一機、また一機と舞い上がりました。昭和二十四(一九四九)年秋のこと、毎日新聞・浅見一男氏の呼びかけ、パン・アメリカン航空の協賛によって行われた関門海峡横断エンジン機大会の光景です。 [中略] 東京では、私が戦前お世話になった毎日新聞の浅見一男さんや三島通陽さん、北村小松さんといった人々が中心となって、GHQやパン・アメリカン航空と掛け合って模型飛行機による親善競技大会を計画していました。結果、終戦後一年と経たない昭和二十一年七月二十九日、皇居前広場で戦後初となる模型飛行機競技会が開催されました。」 (同書 P96)
「浅見一男」と表記されていますが、浅海一男名義の模型飛行機関係の出版があることをKOILさんが確認されてますので、「あの」浅海一男記者のことと思います。
戦後はアジア・中国関係の著書があることは知っていましたが、意外なところで名前が出てくるものです。
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