開源碼頭
ゆうさん:> >埠頭の名を間違えただけだ、と解釈するのが普通でしょう。
(1) 地名などの名称の問題は、なかなか難しいですね。 「開源碼頭」という埠頭は、私が調べた限り下関にみあたりません。かといって、ただちに存在しないと言い切れないので、奥宮氏の記憶違いの可能性が高いのですが、一応保留にしておきます。 保留の理由は、1)至誠堂の地図では埠頭の名称のすべてが記載されているわけではない、2)至誠堂と中国・参謀本部の地図とでは名称が異なる埠頭がある、3)中国・参謀本部の地図でも、なお名称が記されていないと思われる埠頭がある。 それより、奥村氏の下記のような、「開源碼頭」が下関の波止場の一般的な呼称であるかのような記述が気になります。これは、下記の(2)の件と関係があるかも知れません。 ----- 下関にはかなり大規模な停車場と開源碼頭(波止場)があった。 [奥宮正武『私の見た南京事件』p.34] -----
(2) >ちなみに原田氏はこれに続けて「開源埠頭」が奥宮氏が海軍航空隊として「誤爆事件」を起こした現場であることを指摘しており、...
「開源埠頭」の位置はよく知りませんが、海軍機に誤爆され死傷者を出した永山部隊についての資料を見ると、馬鞍山にあった「馬鞍山桟橋」と同じものではないかと思います。 もし、場所をご存知なら、お教えください。 パナイ号が攻撃された場所から順に下流に進むと、なるほど「開源埠頭」と下関の埠頭を混同しそうな気がしてきます(^^) ちなみに、「開源埠頭」は、開源何とかという会社が使う埠頭のことですから、複数の場所に存在したとしても、それ自体は不思議ではないと思います。
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