読む価値なし: マギーは下関で何を見たか
今日、ちょっと記事を読みましたが、著者は大変文章が上手ですね。 広く浅く集めてきた情報が文学的に上手にパッチワークされているという印象で、途中で読むのをやめてしまいました(^^;
しかし、気になる所がありました。 マギーは下関を視察したのに、何も見ていないと東京裁判で証言しているという意味の箇所がありました。 ところが、家族への手紙では、12月18日に「見た」と書いているのですね。
---引用者訳--- (1937年) 12月19日―日曜日
・・・・ (以下、前日、下関へ行ったときのことが書かれている箇所の一部です。)
江岸には、所々燃えている黒焦げの遺体の3つの大きな山があった。過去3,4日間に日本軍によって点けられた無数の火炎は、虐殺した死者を焼き尽くす目的ではなかったかと推測する。手紙を書いている時点で、2つの火炎が燃えている、ひとつは下関の方角、もう一つは南の方角で。
Sunday--Dec. 19
..... On the bank there were three great piles of charred bodies--partially burned. I imagine a great many of the fires that have been started by Japanese during the last four or five days have been for the purpose of burning up the dead that they have slaughtered. As I write two fires are burning--one towards Hsiakwan and one towards the south. [Zhang Kaiyuan,"Eyewitnesses to Massacre", New York, An East Gate Book, 2001, p.173] -----
12月19日の手紙は長いものなので、本書をお持ちの方は、読んでみてください。 なお、滝谷二郎『目撃者の南京事件』(三交社、1992年)は、マギーの書簡の抜粋というだけでなく(12月19日分は大幅に割愛されている)、翻訳も簡略化されている箇所があり、ちょっと問題のある内容です。
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