角証言
原田氏は、こんなことを書いていますね。
>(角証言の)内容は、12月17日、南京市の船着場のある下関で、第6師団が城外に逃げ遅れた市民12〜13万人を殺し、その遺体を並べたまま放置したというものである。
>第6師団は17日には下関では作戦行動を行っていない。また、12月18日には国際赤十字のジョン・G・マギー牧師が下関の視察を行っているが、牧師の東京裁判での証言にもそこで大量の死体をみた、とは述べられていない。
>また、南京の日本大使館に勤務していた福田篤秦氏も、この時期の下関を米国大使館員と共に視察しているが、その証言にも死体など出てこない。
そもそもなぜ、いまさら角証言なのか。その証言のすべてが真実だと考えている論者など存在しないし、「12、3万人」という人数は明らかに過大です。
しかし「南京戦史」でも、以下の3点だけは「真実と思われる」と記述しています。
1.どこの部隊か師団かは判らないが、17日か18日ごろ下関の件で電話があったこと。(「ゆう」注 「南京戦史」では、「第六師団」ではなく「第十六師団」の可能性を考えているようです)
2.長中佐が「ヤッチマエ」と言ったこと。
3.松井大将と共に、下関付近で多数の遺棄死体を見たこと。
「南京戦史」では、少なくとも他の資料とも整合性のとれる「多数の遺棄死体」の存在自体は認めているわけですが、原田氏はなんとこの「多数の遺棄死体」の存在自体を否定しているようです。角証言を否定するのは構いませんが、これでは滅茶苦茶です。
ちなみに、マギー証言。
>丁度私共は「バターフィールド・アンド・スワイア」会社のある海岸の「バンド」の所まで行つたのでありますが、其処へ来ますと、田中領事は何か用事があつて其の建物の中に入つたのであります。田中領事は日本人の警官と一緒に其の店に入つたのであります。私が待つて居ります間に、海岸の所へ行つて下を見下しますと、其処に約三つになつて居る屍体の固まりがあるのを見たのであります。
>私は其の屍体が正確に、どの位であつたかと云ふことは申上げ兼ねますが、大体の見当では約三百から五百と思ふのであります。是は多分実際よりも少かつたと思ふのであります。其の屍体の着て居りまする衣類は非常に焼けて居りました。さうして身体の到る処に傷があつたのでありまして、其の状況から見ますと、彼等は殺された後焼かれたと云ふことが分かるのであります。
(「南京大残虐事件資料集 第1巻」P90」
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/hukuda3.html
渡辺さんの引用箇所が、ちゃんと「東京裁判での証言」として出てきますね。まあ原田氏にしてみれば、「三百から五百」だから角証言のような「大量」ではない、と言いたいのかもしれませんが・・・。
福田証言って、まさかこれじゃないだろうな。
>また、「下関にある米国所有の木材を、日本軍が盗み出しているという通報があった」と、早朝に米国大使館から抗議が入り、ただちに雪の降るなかを本郷(忠夫)参謀と米国大使館員を連れて行くと、その形跡はない。
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/8503/hukuda1.html
死体があるともないとも言っていません。そもそも、例え死体があったとしても別にそれに触れる必然性がある文章ではありません。だいたい、いつのことなのかという明記もありませんので、死体が概ね片づけられた後の出来事だった、という可能性もあります。いずれにしても、「死体不存在」の証拠には到底なりそうにない。
「角証言」を否定しようとするならば「南京戦史」に書いてあることで十分なはずで、何で「マギー証言」やら「福田証言」やらを持ち出すのか、私には理解できないところです。
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