田岡良一氏の「戦数論」について−4
4 中間説
−−− 四
右の戦数否定論と肯定輪との中間説とも言ふべきは、一方に於いて、交戦國が緊急状態に基き戦争法に背いて行動することを是認しながら、他方に於いて戦数を否定する説である。例へばリ【112】ストは 「緊急状態と戦争の必要とは別の概念である。國家の存在と発達力(自已保存と自己発展)とが危くされる緊急状態は、総ての文明國の國内法によつても認められて居る一般原則に基き、如何なる國際法規の侵犯をも正当化する。從つて又戦争法の諸規則の侵犯をも正当化する。之に反し戦数に、換言すれば、或る戦術的又は戦略的目的を達せんとする努力に、個々の戦争手段の禁止によつて限界を劃することは、之が正に戦争法の目的なのである。若し(戦術的又は戦略的)目的がかゝる(戦争)手段の便用によつてのみ達せられるとしても、此の使用は「戦争の必要」によつて正当化されることは出來ない。但し侵犯された法規の拘束力が、所謂「事情約款」(事情の詐す限り、と言ふ約款)によつて制限せられて居る場含は別であり、此の制限は戦争法に於いて実に頻繁に現はれる」として、戦数と緊急状態とを區別し、前者による戦争法の侵犯を否定する(一六)。 フェアドロスの近著「國際法」にも同一の説が現はれて居る。 「戦争法の若干の規範は無制限の効力を有するものではなくして、軍事的必要の許す限りに於【113】いて有効なることを白ら明示して居る。他の総ての規範は絶對的禁止、である。但し此等の規範と雖も、真の緊急状態が存する時は、一般的原則に基き、離脱することが出來る」(一七)。 此処にフェアドロスが一般的原則と言ふのは、同書の総論の中「違法性の阻却」の項に説かれて居る「自己保存の原則 Grundsatz der Seldsterhaltung」即ち「國家は自已の生存を危くしてまで國際法上の義務に膠着するを要せず」との原則であらうと思はれる(一八)。 クンツが其の近著「戦争法及中立法」の総諭「戦争法の基本的諸間題」の中に戦数について説く所も、類似の見解であつて、戦数と緊急状態とは別の概念であるとする。彼は戦数の理諭の誤謬を最も明快に指摘した學者の一人であるから、彼の説を多少詳しく紹介して見よう(一九)。 Kriegsr<a>son geht vor Kriegsmanier と言ふ句は、Kriegsmanier の意味が不明瞭なることに由り、又 Kriegsr<a>son の意味が不明瞭なることに由り、學説の混乱を生じて居る。前者は、時として法規を、時として単なる「習はし」を意味し、時として両者を包擁する。又後者は、若干の単者にユつて復仇櫨を指すものとして用ひられ、叉若干の學者によつて、緊急避難権、自已保存権、緊急防衛権と混同せられる。【114】 「併し戦数は軍事的必要、即ち軍事的。戦術的及び、戦略的考慮が或る行動を必要ならしめる場含を指すものと解して始めて意味がある。尤も戎る行動が唯一の可能なる、從つて必要なるものたるソしとを、若予の可能なる行動の中で《より》容易く、より確実であり、より成功し易く、從つて合目的のものたることとは、區別さるべきであるが、戦数と言ふ言葉は屡々必要と、単なる合目的との両概念を包擁する。斯かる軍事的必要の援用に對しては、其の許され得ざること、其の遵法なることを断乎として主張せねばならぬ。何となれば、現行戦争法が既に軍事的必要と人道的原則との妥協点である。軍事的必要は戦争法の形成に当つて考慮せられる筈であつて、之が更に又戦争法規範侵犯の辯解として実定法に對立するものとして援用されるごとは出來ない。さもなくば戦争法全體の効力は疑間となる。故に戦争法規の中絶對的の命令又は禁止を定めるものは軍事的必要の援用を許さない。戦争法規範の中には之に反して明示的に軍事的必要への指示によつて制限されて居るものがある。此の場含軍事的必要の援用は−−真の必要にもせよ単なる合目的にもせよ許される。之は法の侵犯でなく法に遵據する行動である。斯かる軍事的必嬰への明示的送致は白地法規であつて、其の【115】決定は國家の該当機関に委ねられる。此の際國家機関が完全に自由なる裁量権を持つ場合と、法規自身によつて一定の限界内に拘束された裁量権を持つ場含とがある」。
註 (一六)Liszt-Fleischmann, V<o>lkerrecht 第十二版、一九二五年、四五六頁。但しリストは古くは戦敷の肯定者であつた。 (一七)Verdross, V<o>lkerrecht 一九三七年、二九二頁。 (一八)同書、一八九頁。 (一九)Kunz, Kriegsrecht und Neutralit<a>tsrecht 一九三五年、二六−二八頁。 −−−
この中間説を田岡氏は「最も論理を貫かないもの」とするのであるが、私にもこの説自体は論理的に誤りだとは思われるが、内容は豊富であるように思われる。その理由は、緊急状態と戦争の必要をはっきり分けたことによって、戦争法の目的がまさに戦争の必要から生じる手段の制限にあることを明確にしたからである。クンツが言うように、「現行戦争法が既に軍事的必要と人道的原則との妥協点」なのである。「軍事的必要は戦争法の形成に当つて考慮せられる筈」なのであって、それを更に軍事的必要によって遵守しないと言うことは、軍事的必要条項を含む条文があることを考えても、許されないと解釈するのが、まさに正論であろう。この事は反対論者であるロディックも述べている。
また、この「中間説」は緊急権(緊急状態では法規侵犯を正当化出来るとする権利)をはっきり分けたことにより、肯定論と反対論の論争の問題点が浮き彫りになった。田岡氏は、この緊急権に戦数が正当化される理論的根拠を求めたことが誤りであるとするのである。この点は後述される。 <次項に続く>
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