田岡良一氏の「戦数論」について−1
○概要 本稿は、戦中〜戦後にかけて戦時国際法の大家でもあった田岡良一氏によって1944年に著した『戦争法の基本問題』(岩波書店)で論じられた「戦数論」について私見を述べるものである(但し、この所論は既に昭和十六年の「國際法外交難誌四十巻一號」に掲載されたものだそうである。なお、戦後の法学大全集の中の『国際法3』(有斐閣)で氏が論じた「戦数」もこれと内容的にはほとんど同じである。ただ、ここで取り上げる「戦数論」の方が肯定論・反対論等の諸説の解説が詳細である)。
この「戦数論」では、所謂「戦数(クレーグスレーゾン:Kriegsraison)」についての当時までの諸外国の国際法学者達による論争の内容と田岡氏自身の見解が述べられている。田岡氏のこの所論は1〜8までの項として分けられており、この項番号にタイトルが振られているわけではないが、敢えてタイトル付けを行うとその内容は以下の通りである。
1 戦数の語義 2 戦数肯定論 3 戦数反対論 4 中間説 5 中間説の誤り 6 戦数肯定論の誤り 7 戦数否定論の誤り 8 著者(田岡氏)の見解
このように比較的まとまりよく述べられている。しかし、この内容に見られるように、肯定論でも反対論でも、或いはその中間説でも誤りがあるというのは興味深い所である。 それでは田岡氏の所論を項目番号に沿って見ていこう。
※引用箇所について (1)本来論文の最後に註がまとめられていたが、ここでは参照しやすくする為に引用毎に示すこととした。 (2)引用文原文はOCRで読み取ったが、文字解析の都合上、旧字体や旧字体でないものが混在している。 (3)ドイツ語の発音記号であるウムラウトは<>で示すこととした。 (4)傍点等の強調は《》で示すことにした。 (5)【】で示された箇所はそれ以降が原著の何頁目であるかを示す。
1 戦数の語義
−−− 一 戦数は、独逸の學者が Kriegsraison(kriegsraeson 又はKriegsr<a>son)と名附ける所のものに我が國に於いて普通に與へられる譯語である。クリーグスレーゾンに於ける「レーゾン」はStaatsraisonに於ける「レーゾン」と同じく、緊急的(非常的)必要を意味するものの様である。從つてクリーグスレーゾンは又 Kriegsnotwendigkeit 及び militarische Notwendigkeit とも呼ばれる。近頃は寧ろ此の方が廣く用ひられる傾向を生じたやうである(一)。英佛に於いてクリーグスレーゾンの譯語としては la raison de guerre と言ふ言葉も用ひられないでは無いが、一般には la necessite de guerre, necessity of war が用ひられる。邦譯に於いても「戦時緊急必要」及び「戦時非常事由」等の譯語も用ひられるが、「戦数」が比較的廣く用ひられ、且つ簡箪であるから、本稿も之を採ることとした。 戦数は戦争法規に優先し、交戦國は戦敷に由つて戦争法規の拘束から免れる、と言ふ説は、独逸に於いて、殊に世界大戦前廣く唱へられた。此の説は和蘭を通じて早くも維新前西周助氏の萬【100】國公法中に紹介昔られ(二)、之に賛成する者と反對する者とが對立して居る。此の論争に對して私見を陳べるのが小稿の目的である。
註 (一) Verdross, V<o>lkerrecht 一九三七年、二九二頁。Kunz, Kriegsrecht und Neutralit<a>tsrecht (一九三五年)二六頁。Vanselow, V<o>lkerrecht(一九三一牢)一七七頁等を参照。 (二)我が國最初の海外留學生として文久三年榎本武揚、津田眞一郎氏等と共に和蘭に派遺せられた西周助氏は慶応二年帰朝し、幕府開成所に於いて國際法を講じたが、英の議義の内容を覗ふべき同氏の著書「和蘭畢酒林氏萬國公法」−−畢酒林は和蘭ライデン大学致授 Vissering を指す−−の第三巻戦時泰西公法の條規の第二章「戦争の間遵守すべき條規」の章の始めに次の言葉がある。 「文明の諸國戦争の時相對して守るへき條規は三つに定まれり 第一には 所謂本來の戦権 第二には 戦習 第三には 戦勢 所謂本來の戦権は戦を交ふる両國相對するの権と義と又夫局外の國へ對する権と義とに在り。 戦習とは戦を交ふる両國戦ふ時守るへき條規を指す也。 戦勢とは尋常守るへき通規に違ふと雖も非常に臨み巳む可らさる勢に出る処置を名くる也」 フィッセリン氏の議義の原文を見ずして断定することは出來ないが、此処に言ふ「戦勢」は、通常の法規に違ふと雖も非常に臨み止むを得ざるに出づる措置、と説明せられて居るのであるから、後の學者が戦時非常事由又は戦時緊急必要と譯する所と同一のものを指すことは、殆んど疑ひないと思ふ。 明治十年に著はされた、海弗得[ヘフトル]氏萬國公法の邦譯では、右に該當する箇所、即ち原著の Eigentiches Kriegsrecht, Kriegsmanier, Kriegsr<a>son と題する箇所は、「戦数」「戦則」「戦略」と譯せられて居る。即ちクリーグスレーゾンは戦略となつて居る。 「戦数」譯語は何人に始まつたかを私は審かにしない。明治三八年発行の高橋作衛著「戦時國際法要論」に此の語は現はれて居る。緒論第三章の題は 「戦数 Kriegsraison, raison de guerre, ratio belli, jus oder titulus necessitatis」 となつて居る。jus と titulus といふラテン語の間に oder と云ふ独逸語が挿まつて居るのは奇妙な感じがするが、ホルツェンドルフの國際法ハソドブーフ第四巻のリューダーの戦争法概説の中に Kriegsraison(raison de guerre, ratio belli oder, wie Grotius sagt, jus oder titulus necessitatis) と云ふ言葉がある(二五四頁)。高橋博士の書の原語は此処に由來するもののやうである。 −−−
ここで興味深いのは、註の解説で、クリーグスレーゾンを「戦数」としたのは、高橋作衛氏が最初ではないかと田岡氏が言いたげなことであるが、高橋作衛氏は「戦数」という語と同時に「戦争の必数」という言い方も『戦時國際法要論』の中でしており、これを短く「戦数」としたもののようである。但し、註の(2)で示されるように「戦数」という語自体はそれ以前から日本ではあったようである。
ところで「戦数」とは何かというと、田岡氏はここで「戦数は戦争法規に優先し、交戦國は戦数に由つて戦争法規の拘束から免れる、と言ふ説」と簡単に述べている。ではどのような根拠により「戦争法規の拘束から免れる」のかは、始めて「戦数」を体系化したリューダー教授の説として次項に述べられる。
<次項に続く>
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