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  お知らせ KOIL 2003/11/27 23:11:57 
  百人斬り裁判支援サイト事実.com K−K 2003/11/28 23:44:57 
  「戦ふ日本刀」より四十七人斬り ゆう 2003/11/29 08:03:08 

Re: お知らせ 返事を書く ノートメニュー
ゆう <pmyqfxtjon> 2003/11/29 08:03:08
「戦ふ日本刀」より 四十七人斬り

実は、手元の資料をまとめて「百人斬り資料集」というコンテンツを作ろうかと構想していたのですが、「対抗言論のページ」でとっくに私の考えていた資料と概ね同じ資料が掲載されているのを見て、断念しました。まあ、裁判進行中とのことですので、おかしな資料を掲載して思いがけない迷惑をおかけしてもうまくありませんし・・・。

「中帰連」の次号に「百人斬り」特集が掲載される、とのことですので、楽しみにお待ちしましょう。


この問題については、渡辺さんの「問答有用」板の投稿に断然説得力がありますね。「問答有用」板はすぐにログが流れますので、こちらにアドレスを記録しておきます。未読の方、ぜひどうぞ。

http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=24455&range=1

http://bbs2.otd.co.jp/mondou/bbs_plain?base=24472&range=1



さて、「百人斬り」論議に関しては、「日本刀で斬れるのはせいぜい3人まで」という、山本七平氏が広げた「伝説」がまかり通っています。その大きな根拠となるのは(どこの誰が調べたかもよくわからない怪しげな「実験記録」を除けば)、成瀬関次氏の「戦ふ日本刀」(昭和15年刊)であるようです。

折角ですので、この「戦ふ日本刀」に収録されている、「四十七人斬り」に関する記述を紹介します。「対抗言論」でも6行だけ、また「ペンの陰謀」でも洞氏が一部を紹介されていましたが、ここでは「全文紹介」です。

この話の「信憑性」はよくわかりませんが、少なくとも当の成瀬氏自身が、「日本刀で四十七人を斬った」話に特に疑いを持っていないことがわかるだけでも、貴重な資料だと思います。


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或る暑い日であつた。開封城内の修理班へ時目といふ変つた姓の少尉が自身刀を持つて修理にやつてきた。苗田藩槍一筋の家に生れたと云つてゐたから、加賀百万石か、それとも支藩大聖寺、富山、上州七日市の前田かそれは聞き漏らしたが、無銘古刀の武家伝来らしいよい刀を持つてゐた。それで南京攻略の軍中三十七人を斬り、徐洲戦(「ゆう」注 「徐州」が正しいと思われますが、原文通り)で十人、都合四十七人を手にかけ、縛り首は一つも斬らなかつたといふ。少尉の物斬り話には、傾聴に値するものがあつた。

第一に、武道家は居合とランニングをやらにゃいかんと云つた。その理由は、南京物斬り三十七人中の三十人までは、後から追い縋り追い縋りして斬つた者で、ランニングの選手であつた賜物。次に居合の手にある”虎乱刀”即ち右足一足で抜き打ちに敵の背後から真一文字に切りつけ、左足一足でふり冠り、再び右足を踏んで上から切りつける。これを連続的に進行し乍らやる早業の動作であるが、その調子で斬つた。部下に中山博道先生門下の居合の達人が居て、戦地へ来てから習ひ覚えた。半年程のうちに、進行し乍ら抜打に切つて鞘に収める早業を、歩き乍ら実地にやつて見てこれも自信を得たと云ふ。つまり辻斬をやつたのだ。

刀を見ると、血糊で白くなつている。性質のよい古刀で骨ごと斬ると、必ず刄まくれの出来るのは一つの定則であるが、中央から上、物打下にそれも型の如くに出来て居り、刄こぼれも三ヶ所、刀全体がジツトリしてゐた。少尉は話をつづける。

「向ひ来る敵のどこが一番斬りよいかと云へばそれは敵の左右の肩で、その次が胸腹部の突きだ。敵が鉄兜をかぶつてゐる限り面打は断念したがいいし、胴と小手は実際には斬りにくいものだ。剣道では、その切りにくい面、小手、胴を目標とし、突きにくい喉を狙ふ事をやらせてゐる。困難な事に習熟させるのだと云つて了へばそれまでだが、僕かア君、切りよいところ、突きよいところを狙ふ稽古に、平生から熟達させて置いた方がよいやうに思ふね。どうだい君やア。」

この思ひがけない掘出物の戦場武道家は、僅か中学校で剣道をやつただけだといふ。驚きの目をみはるると、

「いや、もつとえらいのがゐる。それ、新聞にも出たらう。アノ百人斬りの先生は会社員で、重いものは算盤一挺といふ人間だよ。」といふ。

最後の名説はかうだ。

「対敵中は物さへ見えればそれで勝つ。この修練だけは実際に場数を踏まぬと困難だ。目の見える結果は、本能的に多勢を避けて少なきに向ひ、足もとの危ない所をよける。それから・・・」と声を落して、「強きを避けて弱きに向ふ。つまり弱さうな奴から先に片づけるんだね。」と話を結んだ。

成る程、宮本武蔵でも近藤勇でも、乱刄渦中で闘つた記録は絶対にない。あるとすればそれは小説だ。瞬間に自己の有利な安全な場所に就き、間一髪の間に敵の破綻を見破つてつけ込む。さうした機動的な刀法を使つたのも畢竟”目が見えた”からであって、武蔵が『兵法至極して勝つには非ず、自ら道の器用ありて天理を離れざる故』と云つた一面の機微の一つは、まさにその点にもあるのだ。次郎長の剣法も、彼が子分によく云つたといわるる『喧嘩して敵の両足が見えたら勝負はこつちのものだ。』という言葉に盡きてゐる。

目の見えるといふ事は落ちつく事で、武道修練といふ事もその条件であり、無意識の意識がさせる別作用である。

(P77〜P79)

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さて、これだけはっきりした「日本刀三人限界説」への「反証」に対して(何しろ「根拠」とした当の成瀬氏がこの「説」に賛成しそうにないのですから)、当の山本七平氏がどのようにコメントしているかというと・・・。


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そしてここにも「百人斬り」的自慢をする一少尉が登場して、四十七人斬りを披露し―この百人とか四十七人とかいう数が面白い―さんざん自慢した後で「いや、もつとえらいのがゐる。それ、新聞にも出たらう。アノ百人斬りの先生は会社員で、重いものは算盤一挺といふ人間だよ」といっている。言うまでもなく浅海特派員の「虚報」のことである。

ところが相手が専門家とわかったためか彼の大言壮語がだんだん変になっていく。氏は皮肉な調子で彼の「・・・最後の名説はかうだ『・・・つまり弱さうな奴から先に片づけるんだね』と話を結んだ。成る程、宮本武蔵でも近藤勇でも、乱刄渦中で闘つた記録は絶対にない。あるとすれば小説だ・・・」と記している。こういう書き方は、戦争中の言論統制下独特のもので、わざと「名説」といい、そして「乱刄渦中で闘つた記録は絶対にない。あるとすれば小説だ・・・」と記して、それ以上は何もいわないのである。白兵戦はいうまでもなく乱刄渦中である。

ではなぜこういう言い方になるか。当時の軍人と今の新聞記者とはやや似た位置にあったと思われる。というのは今では「大記者」の記事を「フィクション」だなどといえばそれこそ大変で、ガリ版刷りの脅迫状(?)まで来るわけだが、当時は軍人が明言したことを「小説(フィクション)」だなどといえばそれこそ大変であった。従って「宮本武蔵でも近藤勇でも」その「記録は絶対にない」あればフィクションだと氏は言っているのであって、この少尉の言っていることをフィクションだと断言しているのではないのである。そして、それをどう判読するかは、読者にゆだねているわけである。

(「私の中の日本軍」(下)P101〜P102)

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繰り返しの多いダラダラした文章で、読んでいると頭が痛くなりますが(もう少しスッキリと書けないんですかね)、山本氏の文を読んだあとでもう一度成瀬氏の文を読み返すと、山本氏がかなりの無茶を言っていることがわかると思います。


どうみても「相手が専門家とわかったためか彼の大言壮語がだんだん変になっていく」という雰囲気ではありません。だいたい、刀の修理を頼みにきたわけですから、初めから「専門家」だということはわかっているはずです。


また、山本氏は「乱刄渦中で闘つたという記録は絶対ない。あるとすれば小説だ」の部分をつかまえて、何となく成瀬氏が時目少尉の話を「フィクション」であると考えているような雰囲気をつくろうとしています。しかしこれも読めばすぐわかる通り、明らかに山本氏のミスリードもしくは捻じ曲げです。

少尉は、「四十七人斬り」は、対等の条件での「白兵戦」の中で行ったものではなく、結局は逃げる敵を「後から追いすが」ったり、「弱さうな奴から先に片づけ」たりして行ったものだ、と告白しています。成瀬氏はこれを受けて、「乱刄渦中で闘つた」わけではない、と言っているに過ぎません。


いずれにしても、山本氏の文は、成瀬氏が「四十七人斬り」を「ありうる話」として考えていた、ということを否定するものではありません。


*この文を書き終えてから「ペンの陰謀」の洞氏の文を読み直したら、洞氏も当の山本氏の文を批判していました(P273〜)。お持ちの方、あわせてご参照下さい。

  │├日本刀で切れるのは? 五番街 2003/11/29 15:50:17 
  ││└補足します ゆう 2003/11/30 16:44:11  (修正1回)
  ││ ├「あずみ」ちゃんについて・・・補足的むだ... 五番街 2003/12/02 16:26:53 
  ││ └変じゃないですか。 戦史おたく 2003/12/02 22:49:12 
  ││  └>山本七平の「私の中の日本軍」は「はじめ... タラリ 2003/12/03 12:29:57  (修正1回)
  ││   ├出る幕がなくなってしまいました ゆう 2003/12/03 22:04:25 
  ││   └論点は何? ローデシアン 2003/12/13 18:55:31 
  ││    ├Re論点は何? ゆう 2003/12/14 04:42:46  (修正1回)
  ││    │└下駄箱を動かせない時は爆破せよ ローデシアン 2003/12/16 00:46:23 
  ││    └今まで私が読んだ「否定派」たちの論点はす... タラリ 2003/12/14 12:12:02 
  ││     └私はバカなので余り複雑な思考は出来かねま... ローデシアン 2003/12/16 00:33:48 
  ││      └ローデシアンさんの主張は何ですか。 タラリ 2003/12/16 14:29:48 
  ││       └事実は誰が知るのか? ローデシアン 2003/12/16 21:10:38 
  ││        └>浅海記者も両将校も、元はそんなこと言っ... タラリ 2003/12/16 23:29:01 
  ││         └ジャムはどこに存在するのか、 ローデシアン 2003/12/17 16:44:45 
  ││          └>捕虜虐殺、陶物切り競争というのは推測が... タラリ 2003/12/17 23:27:51 
  ││           └疑わしきは被告人の利益に ローデシアン 2003/12/18 21:41:35 
  ││            └>疑わしきは被告人の利益に タラリ 2003/12/18 23:27:05 
  ││             └まるで読み取れていませんね。 ローデシアン 2003/12/19 21:37:48 
  ││              └さらに追加 ローデシアン 2003/12/19 21:42:45 
  ││               └>軍法、戦時国際法についてある程度知識を... タラリ 2003/12/19 23:19:41 
  ││                ├結局何も分かってないのですか ローデシアン 2003/12/20 10:35:48 
  ││                └志々目証言に関して ローデシアン 2003/12/20 14:40:23 
  ││                 └>結局何も分かってないのですか タラリ 2004/01/04 09:52:05 
  │└白兵戦について成瀬関次の従軍記より 渡辺 2003/12/01 01:44:54  (修正4回)
  │ └『中国の旅』脚注より KOIL 2003/12/14 07:00:11 
  │  └私の蔵書は、第1刷です。記述の変更はないよ... 熊猫 2003/12/14 15:36:52 
  12月2日の裁判傍聴記、inti-solさんが書... タラリ 2003/12/03 17:21:22 

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