白兵戦について 成瀬関次の従軍記より
ゆうさん:> >実は、手元の資料をまとめて「百人斬り資料集」というコンテンツを作ろうかと構想していたのですが、「対抗言論のページ」でとっくに私の考えていた資料と概ね同じ資料が掲載されているのを見て、断念しました。まあ、裁判進行中とのことですので、おかしな資料を掲載して思いがけない迷惑をおかけしてもうまくありませんし・・・。
資料もだいぶあって、整理が必要ですね。 本多勝一氏が何を書いたかも、巷ではかなり「流言蜚語」が飛んでいるようです。 そういう意味で、資料集や、どこに、どういう記事があるかというような情報は必要ですね。
もう一度、自分で調べてみたら、本多氏はかなり控えめにしか「百人斬り」について述べていないようです。 今回の裁判は、内容的には「ガス室」裁判にも匹敵しないのではないかと...(^^;
『戦ふ日本刀』は、すんでのところで目の前を通り過ぎたりして、なかなか実物にお目にかかれないのですが、この本を書くきっかけになったと思われる、『刀と劍道』という雑誌に4回にわたって掲載された「従軍記 血刀修理行」は入手していますので、ご紹介いたします。『戦ふ日本刀』にも同じ内容の記事があるかも知れません。 白兵戦について、成瀬関次氏は次のように語っています。(/\の記号は繰り返し記号です。例えば「ぬる/\」は「ぬるぬる」となります。) ---- [『刀と劍道』第一巻第八號、雄山閣、1937年12月] 従軍記 血刀修理行(二) 成瀬關次
- p.150 - これは今度の事變ばかりでなく、日清日露から西南役維新戦争に遡って見て、實際亂戰中に敵とわたり合つて血戰した事實は、小説や講話にあるやうにさうザラにあつたものでは無いらしい。殊に今度の事變などでは、いざ接戦となると敵は逃げ足となり、一人斬つて二人目に及ばんとする時は、早二間も三間も離れて居るといふやうな場合が多く、實際十人も二十人も斬ったといふやうな話は、例へぱ敵を城壁城内際とか袋路地のやうな所へ追ひつめ、ひしめき合ひわめき合ふのを片つ端から滅多斬りに斬り捲つた時などの事で、さうした将兵の血刀を手にし、状況を聞いて見るに、四五人斬つたかと思ふ頃、多くの場合血がぬる/\と柄に傳はつて来る。斯様な時に、昔の柄巻の有難さが本當にわかるもので、殊に小倉木綿をそのままたゝんで巻いたのなどは、手がすべらなくてよい。柄糸の上をぴか/\と漆で塗つたり、皮革で巻いたりしたものは、ぬめつて困るといふ。 ある尉は、濟南に居た時、保強の為にと、柄の上を竹刀の柄のやうに牛皮で縫ひくるめ、さて濟寧攻撃の時の白兵戦で柄に血がつたはり、手がぬめつて仕方がなくて手に土をつけては持ち直したと白状し、「やつぱり昔のまゝがいゝ、柄は丈夫一點張りだけでもいかん。理想は、同じ柄を二つ持つて來る事ぢや。」と述懐したのなどは、貴い體驗だと思ふ。 血刀記録はまだ/\あるが、それは次々の條下で述べる事として一時筆を措く。 -----
実際に見た白兵戦と、白兵戦の後と思われる状況の部分です。凄まじい様子が描かれています。 ----- [『刀と劍道』第二巻第四號、雄山閣、1938年 4月] 従軍記 血刀修理行(四) 成瀬關次
- p.132 - 二度目に飛び下りた支那兵は、一寸尻餅をついた格好であった。右手には拳銃様のものを特つてゐた。最後に廻れ右のやうな形で後ろを向いた動作は、心では撃つつもりでやつた事かも知れぬ。曹長は、飛び下りる時、「野郎」とも「やあ」ともの判明せぬ“おめき聲”をたてた。追ひすがりざま刀の柄ごとどしんとぶつかつて、次に抜打に斬つた時は、明かにその刃が光つて見えた。支那兵がキリ/\舞の - p.133 - やうな姿で後ろを向いた時に、一人の兵隊が直向から銃劍で胸のあたりを突き、次いで二三名が銃劍を揃へて殪れるところを突き刺した。 これは後の事であつたが、川上部隊長、河野部隊長、石丸部隊長はじめ、前線の将士中に、軍刀を昔ざしにしてゐるのをよく見受けた。まことに戰ひよいさうで、やつぱり先祖の殘した形式には、我々は無條件に従ひ得るものが多いと云つてゐた。
- p.137- 思はず深入りしたのに氣づいた自分は何となく心細くなつて引かへさうとしてゐると、その窪地の南の方へ車輌の擔架隊が来てゐて、四五名の兵隊が擔架でしきりに友軍散華の尊いなきがらを運んでゐる。 「手つだつてくれや。」と無造作に聲をかける。二日二晩寝ずのぶつ通しでどうにもならんといふ。 「ウ、よし。」とばかり自分は窪地から上つて行くと、低い土手の陰にもあるらしいといふ。草の深い土手を下りると、何か収穫したらしい畑地で、そこに圖らずも彼我白兵戦の結果とも思はるゝあるものを見た。 支那兵には珍らしい大兵肥満の大男が一人、北向きにうつ伏して殪れてゐる。その五歩程東に、一人の支那兵に折り重なるやうにして、皇軍の勇士が一名すでに縡切れてゐる。血に染まつた日本刀を右手に持つたまゝ、刀緒がかたく其の右手にからみついたままで。 巨漢支那兵の頭のところには、これも血に染まつてどす黒くなりかけてゐる大青龍刀の恐ろしくひねくれたのが一振投げ出されてゐる。 -----
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