「徴発」について
「徴発」と「便衣兵」は、「南京事件」否定論の部分品みたいなものですね。「徴発」という語を都合よく適当に解釈しているように思われます。
>>兄宛の手紙に、「一汁一菜ことごとく日本軍は代価を払います」と記している。
「徴発」に対しては、「賠償」をする必要がありますが、その場で売買が成立して代価を払えば「徴発」ではなく「購買」ということになります。
「徴発」とは、(1)敵国において行う方法で、(2)高級指揮官の命令、あるいは許可により実施するのを通常とするが、(3)非常の場合は、指揮を執る高級先任の将校に徴発の権があり、(4)徴発する物資には賠償を与えるか証票を与えて後日賠償することになっています。(昭和13年9月『作戦要務令(第三部)』補給及給養 第百二十五〜百二十六)
将校の指示のもとで「徴発」が行われるので、一兵卒が「不注意で徴発」することも、将校が指揮官でない「徴発」も原理的には有り得ません。 石川達三は、進軍が早く奥地に向かっている軍に兵糧を輸送しきれなかったので「北支では戦後の宣撫のためにどんな徴発でも一々金を払うことになっていたが、南方の戦線では自由な徴発によるより他に仕方がなかった。」(『生きている兵隊』中公文庫,p.44)と書いています。(この箇所は、「新聞紙法違反」有罪の判決理由のひとつとなりました。)
藤原彰『中国戦線従軍記』大月書店,p.100 も参考にしてみてください。
『作戦要務令』は昭和13年のものなので、内容は変わらないとは思いますが、それ以前にはどうなっていたか調べてみたいと思います。
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