私が興味を持ったのは「市民10万人が殺された」という情報をどこで仕入れたのだろうか、という点でした。 これはラーベの日記にある「中国人筋は10万人云々、我々ヨーロッパ人は5万人云々」という記事がよく問題になり、それぞれその認識がどこから来たものかが議論されるからです。一応『南京事件資料集(2)中国関係資料編』をざっと読んでみましたが、この中にも数編、10万人という認識は出てきます。ただし、どこからその認識が来たものか、またいつその認識が出来たものかについては書いてはありませんでした。
また、何応欽の認識はどうやら、いろいろな中国人の記録を総合したもののようで、特定の資料あるいは特定の編纂された資料を基にしたものではないようです。
『中国関係資料編』を読んでもうひとつ気が付いたことは何人かが、紅卍字会が4−5月までに15万人を埋葬したという認識を示していることです。これも否定派の中には、崇善堂の名前は出てこないとか、11万人を埋葬できるわけはないと言っていますが、どうやら、崇善堂が紅卍字会の名を借りて、あるいはその下働きとして11万人を埋葬したのは事実のようです。
ところで、「百人斬り」に関する発言、ご苦労様です。刺激になりました。
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