ライフ4月号記事の連続写真の出所について 渡辺さんへ
> ちなみに、確か4月頃の号に、南京で手榴弾を投げて抵抗する市民がいたという記 >事と、逃走して捕らえられるまでの連続写真、それから城壁の前で仲間5人くらい >(1人は連続写真の男)が処刑される寸前の写真が掲載されています。 > 記事の時期といい、連続写真ができすぎているという理由から、この記事は疑問を >持っているのですが、他に比較すべき内容の資料がないので、その信憑性をまだ判断 >しかねています。
連続写真撮影の経過については「従軍カメラマンの戦争」新潮社、平成5年刊 写真 小柳次一 文・構成 石川保昌 pp142-144
の中にこの連続写真の出所に違いないと思われる記載があります。 この本には日本の報道写真の草分けになった名取洋之助が小柳次一氏らを手足として 写真通信社プレス・ユニオン・フォト・サービスを立ち上げ、欧米の報道に対抗して 日本軍が残虐な行為はやっていないという写真を撮影して海外に配信していった事情 が書かれています。
−−−−−引用開始−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 写真配信のポイントは、日本軍の前線のニュース写真の中に、日本軍が蒋介石政府がしきりに宣伝しているように残虐な軍隊ではないことを示す写真わ組み込んでいくことであった。これは、現代の大企業が日常的に行っているパブリシティ活動と似た広報的な情報宣伝活動を考えれば理解しやすい。具体的には、 「南京で撮影したんだったか、漢口だかはっきりしないんですが、名取さんと手分けして中国兵捕虜の軍事裁判を撮影しましてね。便衣隊でした。裁判風景から処刑まで細かく撮影しまして。本当に破壊活動をしていたから有罪になったんだという取材(*2)をしました」 小柳の記憶では、日本軍が裁判をしないで中国人捕虜を処刑しているという非難記事が多かったので、日本軍も正式な裁判をやっているということを知らせる組写真を撮影したという。 −−−−−引用終了−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
注*2の部分 −−−−−引用開始−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
『LIFE』(一九三八年四月四日号)に、「一中国人個人主義者の死−ジャパニーズ南京のありふれた朝」と題して、手榴弾を投げた中国人便衣隊が日本兵に逮捕され、処刑されるまでの五枚組写真(処刑シーンは実写・逮捕格闘シーンは再現撮影)が名取洋之助の配信ニュースとして掲載されている。小柳の回想にある裁判や処刑の撮影は、この取材を指すのではないかと思われる。しかし、名取の思惑とは逆に、軍事裁判のカットなどは掲載されなかったために、日本軍による中国人の処刑が日常茶飯事であるという印象を与える構成で掲載されている。
−−−−−引用終了−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
注記 2003/09/16 23:06:59 「連続写真撮影の経過について」に対して引用文が長すぎ る点を考慮し、修正しました。
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