Re:松岡環さんの聞き取りの手法の批判について
阿羅健一の、あの記事から、タラリさんが要点を的確に抽出されているのに驚きました。 私は、タラリさんに賛成する部分と、若干、異なる考えの部分があります。 (『南京戦』何が問題か 小野賢二 『週刊金曜日』 2002/12/20(441号)は読んでおりません。)
なお、最近、歴史証言と脳の記憶メカニズムに興味を持っています。近年、犯罪での証言、特に間違った目撃証言が生成されるプロセスに関連して、記憶や検索のメカニズムの研究が進んでいるようです。 もし、歴史証言と脳の記憶メカニズムについて、既に研究書がありましたらお教えください。
1) 阿羅氏: A1.数十年前の事件についての記憶であるから、あやふやな部分があるはずだ。何回も聞いて、勘違いや記憶違いを取り除かないと聞き取りにならない。
「何回も聞いて、勘違いや記憶違いを取り除かないと聞き取りにならない」というのは、方法論として誤っています。 これは、「勘違いや記憶違い」を聞き手が知っていることが、前提になっています。いつもその前提が成り立つわけではないし、逆に、「勘違いや記憶違い」を取り除こうとして、聞き手の予断で証言者自身の記憶や発言を歪めたり、証言そのものを捨ててしまう可能性があります。 明らかな「勘違いや記憶違い」と思われていたことが事実であったり、記憶が歪んでいても、そこに、ある事実の断片が現われていることもあります。 私は、『季刊 中帰連』21号〜24号で、資料を調べてまとまった歴史の記述をするという作業を、初め経験しました。その過程で、思いがけないこと、あるいは間違いと思われていたことが事実であったという体験が幾度となくありました。 また、証言や記述のささいな部分に、ある事実の一角が現われていることもあります。ですから、証言を含めて、あらゆる資料は、一度目を通して判断すればよいというものではありません。 本人が、こうだと記憶しているという以上、それがインタビューの結果です。
阿羅氏の、A1.の見解の背景には、誤り=ウソ、という単純な認識があるようです。ただし、ご自分の著書では、そう考えていないようですが...
ただし、A1.については微妙な問題もあります。確かに、「勘違いや記憶違い」を聞き手が知っていることもありえるのです。 私の経験でいいますと、Timperley の元奥さんとの手紙やメールでのインタビューで、こういうことがありました。 エリザベスさんは、南京から上海へ移ったのは秋が深まってからと記憶していました。これは、サンフランシスコ・クロニクルのチャールズ・バレス記者がインタビューしたときも同じ内容でした。 しかし、入手した資料から推測するに、それは、1937年8月末から9月始めの事と思われました。たとえば、ヴォートリンの日記から、8月末に米国人女性は南京からの退去を勧告されていました。 もちろん、私のほうから誘導尋問をして、「そうかもしれない」などという回答が来たら意味がありません。 決定的だったのは、Timperley が、上海にある日本領事館に日本への新婚旅行について入国が可能かどうかを問い合わせたという公電を「アジア歴史資料センター」で見つけたからです。(結局、新婚旅行には行かなかったが...) この件に触れたメールを読んだ、エリザベスさんが、自分が当時書いた手紙を取り出して読んだところ、9月の始めに、1週間前(5日頃にあたる)に上海に着いたという記事を発見したのです。 で、入手していたすべての情報が、一致したのです。 しかし、これは場合にもよりますし、微妙です。やはり、エリザベスさんが、間違っていても、そう記憶していたということは、それで尊重しなければいけないのではとも考えられます。 なぜなら、上海へ移った時期は、結局、彼女の手紙という文書によって分かったからです。 つまり、証言自体を正すより、他の資料との突き合わせ、そのなかで証言を使うということでいいのではないかと思います。 エリザベスさんは、南京の空襲を経験していますが、その体験を聞いたところ、危険とは感じたことはなく、ホテル(首都飯店)の屋上から見える対空射撃の弾丸の光が花火のようできれいだったと記憶しているとのことでした。 他の資料から判断するに、かなり記憶が脱落しているのではないかと思います。しかし、そう記憶しているなら、それはそれで尊重したいと思います。
2) 阿羅氏: A5.告白が事実かどうか、さらにまわりの兵士から聞き取りをし、確認をとり、裏をとることが必要だが、まったくしていない。特に強姦や殺害の告白についてそれが言える。
これは、あほらしいとしかいえません。資料集の範囲を超えた要求です。 確かに、一つの証言について「さらにまわりの兵士から聞き取りをし、確認をとり、裏をとること」は、可能であれば、すべきことです。 しかし、「強姦や殺害の告白」など、個人や小グループで行われたことの「確認」や「裏」など、どうやってとるんでしょうか。 まず阿羅氏が自分の著書でおやりなさいということにつきます。(例えば、ライフ誌に掲載された「上海南站」の子供の写真の件。映画までハケで修正できるかってんだ。) それより、阿羅氏のひどい誘導尋問のほうが問題です(^^;
3) 小野氏: O3.聞き取り回数が少ない。
得られた証言を検討すれば、また新たな質問事項が生まれてきますので、可能なら複数回インタビューすべきだと思います。その過程で、証言者の埋もれていた記憶が蘇ることもあります。 しかし、この投稿の最後にある8−2)のように、複数の聞き取りの場合に注意すべき点もあります。 A1の「何回も聞いて」というのは、その目的が誤っていますので、小野氏の発言と趣旨が違うと思います。
4) 小野氏: O1.事前調査、事実関係を知った上でなければ、証言の真意の把握はできない。 O2.対象とした部隊が多いのに準備期間が短すぎる。
これは、「証言は史実を語らなければならない」という意味ではないと思います。 「事前調査、事実関係」を、把握していなければ、その証言の内容が即座に理解できないところが多くなります。また質問の内容も的を外れたものになるかも知れません。
5) 小野氏: O8.編著が杜撰で誤りが非常に多い。
他人のことは言えませんが、やはり資料となるものは、編集を複数の人で行ってチェックすべきです。 また、専門用語、方言、隠語の説明など、それから明らかな証言内容の誤りについては、本文と分離して脚注でコメントすべきだと思います。 偕行社の資料は、括弧書きで編集者の解説が入っており、本文との区別が明瞭でない箇所があります。また、脚注であっても「これは噂だった」というような編集者の解釈を記述していますが、これはすべきではありません。そういうことを書きたいなら、別の資料を紹介して、こういう資料もあるという程度にすべきです。 誤字脱字については、明示的に文中に入れるべきだと思います。
6) 小野氏: O4.いきなり訪問するのはよくない。あらかじめ、手紙で申し入れるべきで、断られれば行くべきでない。
これは、マナーの問題もありますが、どいう趣旨で証言をしてもらうかという技術的な面とも関連しています。 内容がプライバシーに関するものは、公開してよいかどうかという問題もあります。 私の場合は、ある程度、自分の立場とインタビューの趣旨を説明して申し込みました。 しかし、あまり説明しすぎると、相手に予断を与え、ときには、相手の記憶を変形してしまうかもしれません。 それから、確かに一種の信頼感が相互にできないと、よい証言はとれないと思います。私は、かなり気を使っています。しかし、信頼感を形成する過程で、相手に影響を与えてしまうかもしれません。 ジレンマがそこにあるわけです。
7) 小野氏: O7.ビデオ、カメラ、カセットを持ち込めば、信頼関係は崩れ、抑圧的・高圧的となる。
これは、承諾を得ればいいことですね。 ただし、こういう方法で記録されることを意識すると、発言そのもが抑制的な(早い話が「よそ行き」の)内容になる恐れがあるかも知れません。
8−1) ここでは、直接には問題となっていないことですが、言葉による証言を文書化する際に紛れ込む、聞き手の解釈や聞き誤りは、表にでないだけに注意を要すると思います。 最近、裁判の証拠として、テープの会話の「反訳(はんやく)」をしました。 証拠として提出するビデオ、録音は、そのテープ全部を提出し、会話は文書化する必要がでてきます。 実際に反訳をして、会話を文章にすることの難しさがよく分かりました。 まず、ことばの解釈ですが、単純な例でいいますと、例えば「とった」を「取った」と「盗った」のどちらに記述するかによって、意味が変わってしまいます。 今回は、例えば、文脈から「盗っただろ」「ああ取ったよ」という会話だと解釈できても、実際には解釈を避けて、どちらも「とった」という平仮名にして、判断を読者に任せることにしました。 また、実際の会話を文章にすると、感情や抑揚が伝わらないので、実際とはずいぶんニュアンスが変わってしまいます。
問題なのは、話し言葉では、無駄な言い回しや言葉が多いことです。裁判の証拠では、ささいな言葉でも忠実に記述しなければなりません。 しかし、インタビューによる証言集の多くは、きれいな文章になっています。きれいな文にする過程で、聞き手の解釈や聞き誤りが混入している恐れがあると思いました。
8−2) 証言がインタビューによるものと、最初から文書で書かれたものとの違いについて、最後に補足いたします。
裁判では、証言は口頭でするのが基本です。これは、裁判が弁論主義というところから来るのでしょうが(私の専門ではないので表現が不適切かもしれません)、証言を最初から文書で書くと、前後の脈略や、文書全体が与える印象などを考慮しながら、証言者が辻褄合わせをして書く恐れがあることも理由のようです。 歴史の証言でも、同様のことが言えます。回想録の類で困るのは、著者が正確を期すために、他人の書いた資料を参考にすることです。 資料を見ることにより、記憶によるものなのか、他の資料から得た情報なのかの区別ができなくなります。 また、資料から得た情報により影響を受けたり、記憶が変わったりしてしまうこともあります。 松本重治『上海時代』に、 Timperley が「中国における日本軍の残虐行為」(ジャパニーズ・アトロシティーズ・イン・チャイナ)なる書物を編集・発行することになったという箇所があります。 「ジャパニーズ・アトロシティーズ・イン・チャイナ」は、中国語訳の原書にだけ現われる題名ですので、4月始めにはそういう題名を予定していたという証拠になります。 ところが、松本氏は竜渓書舎から出版された邦訳の復刻版を知っていたことが次頁に書かれていますので、あるいは、邦訳の訳者解説を読んで、題名に関する記憶が塗り替えられた可能性もでてくるわけです。
こういうことを考えますと、インタビューを何回も重ねたものを、あたかもひとつの証言かのように記述することには問題があるといえます。 一方、不十分でも、初回のインタビューや、一回限りの場合も、それなりに意味があるということになります。 証言の収集方法、証言を得たときの質問など、証言集にはそういった情報も明記してほしいものです。
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