こんばんは お久しぶりです。
>「石油の一滴は血の一滴」日本の石油生産・輸入・備蓄を考えると1940年以降に出来た言葉のような気がするのですが?
どうも石油が禁輸になってから言われ始めたようですが、オリジナルは第一次世界大戦当時イギリスでできた言葉のようですね。
海軍大臣だったチャーチルの言葉と聞いたことがありますが、元ネタ未確認です。 (訂正します、クレマンソーでした (^^;; 彼が"le sang rouge de guerre" "the red blood of war" と呼んだことから、 "Oil is as necessary as blood.”または”a drop of oil is worth a drop of blood”という英文が出来たそうです。)
仰るとおり、1937年当時の日本で、石油事情が太平洋戦争開戦時以降のように悪くなっているとは思えないのですが。 南京に進撃した日本軍の補給状態から考えると、手持ちのガソリンを使ったと言うより、南京市内に残されていたガソリンを使ったと見る方が自然なのではないでしょうか。
本来首都であり、100万都市であるのですから、相当量のガソリンが残されていてもおかしくはありません。 それを示唆する資料がないか、調べてみます。
なお、戦時中のドイツでの燃料油不足を根拠に、ホロコーストの死体焼却手段に疑問を持つ人がありますが、ドイツでは潤滑油の廃油が使われたそうです。 いやな話ではありますが、死体焼却には短時間で燃えるガソリンよりも、じっくり燃える重質の油の方が向いているようです。
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