>某掲示板でのタラリさんやK−Kさん達と南京大虐殺否定派とのやりとりを >しばらくみていたのですが、そこで繰り広げられるやりとりのあまりのすさ >まじさに正直気分が悪くなりました。一体ああいう人達と論争する皆さんは >どうやって精神のバランスを維持しているのか想像できません。
やりとりは凄まじいというほどのものではありません。凄まじいのは相手方の知的 レベルです。私はそれに会わせているだけ。気分が悪いと言えば私は一時、北村に 反論するために日本兵の強姦・暴行の記録をいろいろ読んだところ、気分が悪くな って一時期家内とやるのにも罪の意識で出来ませんでしたが、どうしてくれる(^O^)。
>失礼ですが、限られた時間と精神的なエネルギーはもっと他の方向に生かした方が 良いのではないかと思えてしまうのです。
常磐津さんも、そう思うでしょ。私も歴史修正主義者のお相手をするのはまっぴら ごめんだと思っていました。もっと他の方向でエネルギーを使った方がいい? 常磐津さんはなにか、私が崇高な使命のために我が身を犠牲にしていると思って いらっしゃる? 電脳板のは冗談ですよ。私は義務感でやっているんじゃなくて、 趣味でやっているので、心配ご無用です。
>私事ですが、実は私はインターネットの利用を取りやめ、当分書籍を中心に勉強することにしました。
実際、かれらと論争するにはエネルギーが要りますから、いつも図書館から限度 一杯の本を借りたままの状態が続いています。図書館ってほんと便利。興味範囲 だって、南京事件からいくらでも関連分野が拡がって行くので退屈しないです。 単に、教養を身につけようったって、そうそう続かないですわ。人間、有限の 時間に生きていますから、面白いことだけやればいいんですわ。
>皆さんがネットの世界で歴史問題を語ることの意味をどう思っていらっしゃるのか、出来ればお聞かせ願いたいと思います。
第一に面白いからでしょう。次に正義感です。ただし、歴史修正主義者は決して 考えを変えません。『アウシュヴィッツとアウシュヴィッツの嘘』にもそう書いて あります。では、なぜ掲示板に書くのかというと、かれらを転向させようとかいう んじゃないです。
この世の中に歴史修正主義という悪があるのは知っている、だけど、それとの戦い なんかどうでもいいことじゃないか、と思っていたのですが、勉強して行くと、 「どうでもいいじゃないか」という考え方自体が歴史修正主義が拡大していくため の絶好の肥料なんですね。自分がまず勉強して、そういう考えから脱却できること それ自体が歴史修正主義との戦いなんですね。
ということに気づいたのです。私は、この点で精神的にはずいぶん健康になったと 思っているのです。しかし、私の趣味はこれだけじゃありません。本来、何をやって いてもいいのであって、”虐殺趣味”もいずれ飽きるときが来るかも知れません。
|