両角業作手記の検証を書こうとしています。日本軍の機関銃の装備数がわかりません。
渡辺さん、ゆうさんに較べればずっと簡易な確認作業で見切り投稿していますが、 ゆうさんを見習って、この板で教えてもらうことにします。
両角手記には17日の捕虜大量虐殺の前に 「もし、発砲事件の起こった際を考え、二個大隊分の機関銃を配属する。」 とあります。 http://members.tripod.co.jp/NankingMassacre/butaibetu/yamada/66i.html#morozumi
したがって、下記の突っ込みが可能なわけです。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「発砲事件」とは誰が誰に発砲する事態なのか。捕虜はむろん武装解除してある。 妙な話です。捕虜兵の護送、警備としては二個大隊分の機関銃は過剰です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ただし、戦時編制や重機、軽機の配備数の詳細の確認ができていません。 下記HPによれば「1個小隊に2個の軽機」だが、「日中戦争の頃には4個分隊すべてに 軽機関銃を配備」とあります。
http://homepage3.nifty.com/sweeper/gun/m_gun/11lmg.htm
軽機関銃は1個中隊につき6挺、12挺のいずれでしょうか。 これは1個大隊当たり24挺か48挺、2個大隊当たりでは48挺か96挺になります。 ただし『南京戦 閉ざされた記憶を求めて』では1個小隊は6個分隊という表が出て います。1個小隊が6個分隊とすれば別の計算でしょうか。
機関銃中隊は1分隊に重機1挺(『南京戦 閉ざされた記憶を求めて』による)という とは、1個小隊に4分隊4挺、1個中隊に3個小隊12挺、1個大隊に4個中隊48 挺、2個大隊で96挺の重機となります。ただし、重機は通常4人で搬送します。 こんな大げさなものはあらかじめ搬送しておかなくては使用不可能であり、護送・監視 目的では使う必要のないものです。
|