松尾さんが、ご自分の掲示板で、このような発言をされています。
>ゆうという人のHPに全然勘違い文も掲載されてました
>>東中野氏は、汪兆銘の「最後の関頭」演説が、「焦土作戦」の指示だった、と主張します。
>「最後の関頭」演説を行ったのは、蒋介石(笑)
>「蒋介石秘録12」(サンケイ新聞社)か、上坂冬子「我は苦難の道を行く」(講談社)でも読むべきでしょう。
蒋介石の「最後の関頭」演説と、汪兆銘の「最後の関頭」演説は、別のものです。蒋介石の方は、7月17日。汪兆銘は、7月28日。東中野氏だって、そこまでの間違いはしません。(笑)
一応、「上海時代」を、引用しておきましょうか。
○松本重治「上海時代」P171
三十一日夜半、南京では、去る二十八日に汪兆銘が盧山で行った大演説の全文を発表した。この発表は、二十九日附の蒋介石の中国記者に対する一問一答の形式による時局声明を支持し、もって全国の世論を蒋・汪の共同行動を表す意図に基くものと考えられた。(以下略)
このあとに、東中野氏及び私のHPの引用文が続きます。「全然勘違い文」とまで見得を切って、どうしますか?
「王兆銘」については、HPの6か所中4か所は正しく「汪兆銘」で、2か所がご指摘の通りの誤字になっていました。ご指摘ありがとうございます(笑)。早速訂正します。
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