http://6416.teacup.com/7867zxlotion5/bbs から、岡田さんの投稿を許可を得て転載します。
「南京事件の探求」はトンデモだ 投稿者:岡田 投稿日: 9月 5日(木)03時41分15秒
「南京事件の探求」の問題点について書いた文を再掲します。
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北村稔氏の『「南京事件」の探求』を読んで見ました。
なかなか笑える内容でした。 『「南京事件」の探求』では「歴史研究の基本に立ち戻る」と主張されているようですが、 客観的に見ると、「歴史研究の手法を無視している」と言ったほうが正しいようです。
『「南京事件」の探求』序論の20pには次のような記述がありました。 『「南京大虐殺三十万人説」は成立しがたいと論断すれば、・・・日本国内の「虐殺派」からも 「まぼろし派」か「中間派」のレッテルを貼られるであろう。』
上記の6ページ前には(北村氏が虐殺派と指摘する)笠原氏と吉田氏の説も紹介されています。 『<殺害された人数について>』 『笠原 − 十数万から二十万人前後。』 『吉田 − 十数万。』
北村氏が虐殺派と断定している笠原氏も吉田氏も、三十万人説など主張していない。 これでは『南京大虐殺三十万人説否定したら、日本国内の虐殺派から「まぼろし派」か「中間派」の レッテルを貼られる』が成立するわけがない。
# ・・・序論からこれである。 # 北村氏はわずか数ページ前で自分が書いたことも覚えていないのだろうか?
『「南京事件」の探求』には「南京で大虐殺があったという認識がどのような経緯で出現したかを 順序だてて確認する」と主張されているようですが、「南京で大虐殺があったという認識がいつ出現したか」を 検証している部分が見当たりませんでした。 「南京で大虐殺があったという認識は極東軍事裁判で出現した」と決め付けて、極東軍事裁判の資料や証人を調べているだけのようです。
# 南京で大虐殺があったという認識が出現した「時期」について調べもせずに、南京で大虐殺があったという #認識が「出現した経緯」を語っても無意味でしょう。
# 極東軍事裁判の資料や証人を調べたら「極東軍事裁判における南京大虐殺の判断」についての調査には なりえますが、「南京大虐殺自体」の調査にはなっていません。 # 一般に戦勝国による茶番と考えられていて、歴史研究ではさほど重要視されていない極東軍事裁判に異議を 唱えたからといって、「南京大虐殺自体」の歴史研究になるわけもありません。
一番笑えたのはスマイス報告に関する部分を読んだときでした。 『「南京事件」の探求』によると、スマイス報告の調査方法は以下のようなものです。 「調査員が遭遇した村落3つに1つの村を選び、その村の10 家族につき1家族を選んで調査した」 スマイス博士は、そこから1家族の平均被害状況を出した後、平時の人口調査の結果の総戸数18万6千を 掛けて、推定殺害数を出しています。 北村氏はスマイス博士の計算をトリックと非難し、「調査結果を30倍にすれば、推定被害数が出る」と 断言されています。
# 上記部分を読んだときには開いた口がふさがらなかった。 # 北村氏は中学生の数学を理解できていない。(標本検査の計算は中学のカリキュラムと記憶している) # 北村氏の計算で出てくるのは、調査員が遭遇した村の推定被害数である。地域の推定被害数ではない。 # スマイス博士の計算は地域の推定被害を出すためには、原則として正しい。(実際には、南京城内の市民 のうち数十万人が農村部に逃げたと推定されるので、スマイス報告の農村部の犠牲者数は実際より少な目のと 考えられる) # 北村氏は中学生レベルの計算ミスをした挙句、「スマイス報告はトリック」と見当はずれの中傷を 行っている。 # 一時、小中学校レベルの算数ができない大学生が増えたという話を聞いたことがあるが、北村氏の場合は 中学校の数学を理解していない大学教授というわけだ。
・・・つっこみどころが満載の本でした。
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