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平泉澄に見る現在の修正主義運動


  平泉澄に見る現在の修正主義運動 第四期石器人 2002/09/16 20:20:43 

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第四期石器人 <irssnyejbj> 2002/09/16 20:20:43
平泉澄とは「天皇機関説」を排撃して「国体明徴運動」の理論武装を行った歴史学者である。
「天皇機関説」は美濃部達吉著『憲法撮要』で唱えられ、明治時代もっぱら一般に受け入れられていた思想であり、官僚登用の試験にまで度々登場した物であった。
これが攻撃を受けるきっかけになったのは、菊池武夫陸軍中将が昭和10年に国会で平泉の『十年前までは、自由主義の潮流激しく漲(みなぎ)り、加ふるにマルキシズムの風烈しく吹き荒 (すさ)んで、時には暗憺晦冥(あんたんかいめい)の状さへ呈したのであつたが、その中に於いて幾多の苦難を凌(しの)ぎ、一筋に国体の大義を明かにしようとして来た学士の純情は、之を知る者の回想して感慨やまざる所である。』を引用し、美濃部達吉を攻撃したのが始まりとなって、平泉が組織した右翼団体「朱光会」(平田俊春、村尾次郎、名越時正等)や在郷軍人会(莫大な軍事機密費がそそぎ込まれ、その資金を使って各種の右翼団体や学校教育に介入して、軍国ファシズムを流布した政治組織)が大規模な運動を全国で巻き起こし、『美濃部達吉は学術研究をしたために、最後にはそれを撤回し、非難が囂々と鳴る講堂で学生達に謝罪させられ、挙げ句の果てに逮捕された。』(美濃部達吉は明治憲法の護憲派であり、民主主義者ではなかった。それでも自由主義的傾向があったが故に攻撃された)
しかし、この国体明徴運動の本当の目的は『国家総歳出の46パーセント以上を占めている軍事費を削減する動きがあったのでそのグループを攻撃するために別の理由をこじつけた物であった』
当時、軍事費が国家財政を抑圧し、農村などの再投下社会資本が極端に制限され、農村経済は危機に瀕し、社会的不満は膨れ上がっていた。その原因と結果の関係を倒置し、国民を騙す手段として不可侵の天皇大権を侵害しているとして、国会唯一の権利(明治憲法下での国会の権利は唯一予算の決定に対する限定された権利のみであった)を軍部で壟断するチャンスとして利用し、農民を在郷軍人会で強力に組織化し支配しようとした。
5・15事件では、判決の日に傍聴席の老婦人が立ち上がって「裁判長様、この青年たちを裁かないでください」と涙ながらに訴えている。
農村の貧困は「膨大な軍事予算による農村社会への社会資本の還元的再投下がなされなくなったために(台風などで堤防が崩れても国家資本で改修がなされなかったり、5割程度の超高利貸しの横行も放置されていた)、発生していたのに、天皇大権を理由に軍事費の増大へ国民を誘導し、在級軍人会を利用し、陸軍人と農村の繋がりを強化し、『軍隊こそが農村を食い物にしているのに』老婆に「裁判長様、この青年たちを裁かないでください」言わしめたのである。

さて、その平泉の人となりと言うと、次の言葉で容易に判るだろう。
「百姓に歴史がありますか」「豚(百姓)に歴史がありますか」
彼の歴史認識は不思議なほどに歴史修正主義者と似ている。曰く、
「往々にして実を詮索して能事了(おわ)れりとした。所謂(いわゆる)科学的研究これである。その研究法は分析である。分析は解体である。解体は死である。−略−そは科学よりはむしろ芸術であり、更に究竟すれば信仰である。」(つくる会の教科書も最初は歴史は科学でないと書き、彼らは繰り返し「歴史は『物語(芸術)』である」と、唱えている)
この中で日本は集団ヒステリー・シンドロームを起こして、偏狭な排外主義、民族主義が勃興し、不安、恐怖、苛立ちの感情から来る自己陶酔型の行動とあまりにも主観主義的な見方に埋没していったことがわかる。

  私も、維新後軍事国家に傾倒していく過程の... とほほ 2002/09/18 18:31:00 
   └私も調査中です。 第四期石器人 2002/09/21 20:28:59 
    └この時期の徴兵忌避運動は幸徳秋水が次のよ... とほほ 2002/09/23 22:00:20  (修正1回)
     └>幸徳秋水といえば「橋のない川」と言う小... とほほ 2002/09/26 09:35:16 

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