Re:恥の写真帳
msqさん:>...また 73 の位置もビデオの方がより右にずれているようです。...写真帳が複数あるということなのでしょうか。
現在、記念館に展示されているものは複製だそうです。 p.130のA-1がオリジナルで、A-2とA-3は複製ではないかと思っています。 私がオリジナルと推察しているA-1のほうで、半開きになっているページでは、写真が右寄りに貼ってあるようです。 A-2、A-3の、もう少し大きな写真は、ラーベの日記の英語版 "Good Man of Nanking",p.141にも掲載されています。
>オークションの右側の写真は、写真帳の斬首場面と雰囲気が良く似ていますね。
同日の同じ場所だと思います。右側の写真は、東中野本では、p.92写真14になります。背景にゴチャゴチャ写っているのは、見物人です。
ところで、東中野先生は、これらの写真について極めて重要な事実を無視しています。p.95の写真Bについて、p.96で南京にいた坂本氏が同じ場面を含む写真を別の位置から撮影していたことに触れているのですが、その事実を紹介しただけで、検討を加えていません。 しかし、坂本氏の写真(p.93写真C,D)の説明が事実なら、この写真は1938年7月以降、China Weekly Reviewにこの写真が掲載された8月上旬以前に南京で撮影された日本軍の残虐写真ということになります。 この件については、以前から注目していました。現在、調査中ですが、その結果は、いずれ詳しくご報告できるのではないかと思います。
ところで、msqさんのHPを拝見しましたが、写真にお詳しいようで、大変参考になりました。また、東中野先生の頭のいたくなるような文章を、よくぞ、ここまで読みこなして検証したものだと感嘆しました。ほんとに(^^; 昨年か一昨年前に、東中野先生と同じような(おおざっぱな)やりかたで、p.95の写真Bが1938年4月〜8月に撮影されたのではないかという検証しています。この記事を書いたときは、まだ坂本氏の写真のことは、知りませんでした。坂本氏の写真が7月に撮影されたということが事実なら、この検証は正しかったということになるようです。 『China Weekly Review 1938年8月13日号に掲載された残虐写真について』 http://hist1937.hp.infoseek.co.jp/imagedoc/ncr19380813.html
では、今後ともよろしくお願いいたします。
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