引っかかったみたいです。
熊猫さんが3月2日 http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/11/dgrseh/ljiseh.html#ljiseh で
>ちなみに、東中野氏は電気のないような記述をしていますが、写真館の復電がいつであったかまでは解りませんが、ドイツ外交官の資料では1月7日には南京の電気は復旧していますので電気の使用は可能であり、全てが太陽光線を使ったと断定するのは不自然です。騙されないように注意しましょう(^^)。 と書かれていますが。私どうも東中野氏のトリックに騙されていたようです。
" A氏は日本兵から、サクラフィルムを含む「二本のフィルム」を預かり、「一九三八年(昭和十三年)一月頃」、まだ電灯(ママ)の回復していない南京で、「日光」の下 で焼付けを行い、ついでに自分用にもう一組を「暗室」 で焼き付けたと『南京一九三七』で証言している。"(p131) ちょうど電気が復旧したのでしょう、羅瑾氏は自分用は"「暗室」で焼きつけた" と書いており、東中野氏は、ありもしない、密着焼きで作った写真帳の検証をしているのでした。密着焼きは日本軍少尉に渡ったプリントです。東中野氏の話の範囲でも、羅瑾氏の証言と写真帳の見かけは何も矛盾しないのです。唖然。
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