とほほさん。早速のレスありがとうございます。
ちょうど現在、某所にて従軍慰安婦問題でネットウヨと遊んでいるところです。そのため、お返事が遅れてしまい、恐縮です(^^;
さて、吉見義明氏の研究によると
【引用開始】 日本軍人が利用した慰安所には三つのタイプがあった。第一は軍直営の軍人・軍属専用の慰安所、第二は、形式上民間業者が経営するが、軍が管理・統制する軍人・軍属専用の慰安所、第三は、一般人も利用するが軍が指定した軍利用の慰安所で、軍が特別の便宜を求める慰安所である。これらは典型的なタイプを類別したものだが、実際には、軍直営慰安所から民間の売春宿に近いものまで、多様な中間形態があったのであろう。 以上のうち、純粋の軍慰安所とよべるものは、第一と第二のタイプの慰安所であった。 【引用終了】 吉見義明・林博史編著『共同研究 日本軍慰安婦』(大月書店) p.6(吉見氏執筆部分)
とのことですが、毎日新聞報道の長崎地裁判決文にあるのは「海軍指定慰安所」との名称のようですので、吉見氏が言うところの第三のタイプ(一般人も利用するが軍が指定した軍利用の慰安所で、軍が特別の便宜を求める慰安所)なのかなぁ、と思ったのです。 細かいところだったかも知れません。
いずれにせよ、この長崎地裁判決文の「海軍指定慰安所」は、1932年の上海事変の際のものなので最も初期の形態の一つでしょう。 軍慰安所が大量設置されるのは、1937年末以降です。つまり上海戦終了後から南京占領にかけて、日本軍将兵による強姦事件が頻発し、その対策が必要になったからです(従って、この時期に派遣軍が軍慰安所の大量設置を開始したことは南京事件の傍証にもなり得ます)。 この頃からは、軍は、防諜などの理由から、民間の売春宿を指定して利用するより、自ら軍慰安所を設置することを好むようになったようです。
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