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  従軍慰安婦問題で1936年の業者有罪判決 指環 2005/02/24 00:16:54 
  また、「海軍指定慰安所」とありますが、こ... とほほ 2005/02/24 01:30:37 

Re: 従軍慰安婦問題で1936年の業者有罪判決 返事を書く ノートメニュー
とほほ <csqrkrwfrq> 2005/02/24 01:30:37
> また、「海軍指定慰安所」とありますが、これが純粋の軍慰安所なのかどうかが上記の記事だけではよく判りません(ご存知の方、教えていただけないでしょうか?)。

『従軍慰安婦』吉見義明著によれば以下のように書いてあります。文中『資料集』とあるのは『従軍慰安婦資料集』吉見義明編の事です。必要なら資料集のほうも持ってますので書き込みします。尚陸軍はこの海軍を参考に1932年3月から慰安所設置が始まったと言う事です。

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上海では、中国政府が公娼廃止に取り組んでいたので、日本外務省も対面上これに協力せざるをえなくなり、二九年、貸座敷(貸席)制度を廃止していた。しかし、日本は実際には抜け道として料理店酌婦制度をつくっており、事実上の公娼制が維持されていた。後年のものであるが、三八年末に上海総領事館が作成した「昭和一三年中に於ける在留邦人の特種婦女の状況及びその取締並びに租界当局の私娼取締状況」には、「上海事変勃発と共に我が軍隊の当地駐屯増員に依り、此等兵士の慰安機関の一助として海軍慰安所(事実上の貸席)を設置し現在にいたりたり」とある(資料集34)。上海事変のときに海軍の慰安所が設置されたと言うのである。

このときにつくられた海軍慰安所は数件程度であったと思われる。少しあとになるが、上海では、三六年末には、酌婦を抱える料理店は10軒(酌婦は日本人一〇二名・朝鮮人二九名)で、うち7軒が海軍専用であったという(「昭和十一年中における在留邦人の特種愚所の状況及其の取締」。『資料集』2)。この七軒は、「海軍下士官を専門として、絶対に地方客を〔民間人〕に接せしめず、且酌婦の健康診断も陸戦隊員及当館警察官吏立会の上、毎週二回専門医をして施行しあるの外、慰安所に対しては海軍とも協調を厳にし、且新規開業を許さざることとせり」(『資料集』2)というものであった。海軍専用とし、性病予防のために、軍と領事館(外務省)が関与して厳重な検針がおこなわれていたのである。この七軒が海軍慰安所であった。この段階では、軍のみならず、外務省もまた軍慰安所の監督に関わっていた。

このような状況であったため、日中戦争がはじまると、海軍はいちはやく慰安婦を送る。赤松小寅福岡県知事の報告によれば、三十七年一一月三〇日付けで二名の朝鮮人女性が上海北四川路の「海軍慰安所酌婦」となるために福岡八幡署から渡航証明書の発給を受けている(「支那渡航者に対する身分証明書発給に関する件」。『資料集』4)。早くも日本から在日朝鮮人女性が慰安婦として連れていかれたのである。
---『従軍慰安婦』吉見義明著、岩波新書、15P〜16P---

  ▼92/12/06東京朝刊26頁 とほほ 2005/02/24 01:51:36 
  │└とほほさん。早速のレスありがとうございま... 指環 2005/02/27 00:11:10 
  「従軍」+「慰安婦」ということが、ビビッド... ピッポ 2005/02/25 16:27:53 
   └ピッポさん、初めまして。 指環 2005/02/27 00:21:43 
    └軍慰安所従業婦等募集に関する件。現代仮名... ピッポ 2005/02/27 02:24:25  (修正2回)

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