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  鉄砲担いで幾山河 ゆう 2005/03/06 09:04:00 
  御投稿文を、拝見させて頂きました。最後に 長崎人 2005/03/06 20:53:37 
  │└日本軍のカニバリズムは、さほど驚くことで... 熊猫 2005/03/06 23:25:09 
  │ └とほほさん、皆さんはじめまして。皆さんの... 滑る杖 2005/03/14 16:44:06 
  │  └私たちの世代。 とほほ 2005/03/15 15:50:55 
  「戦地憲兵」「歩一〇四物語」 ゆう 2005/03/12 08:30:56 

Re: 鉄砲担いで幾山河 返事を書く ノートメニュー
ゆう <pmyqfxtjon> 2005/03/12 08:30:56
「戦地憲兵」「歩一〇四物語」

 まず、井上源吉氏の「戦地憲兵」。1937年11月頃、北京の捕虜収容所での話です。


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 こうして収容所が開設されて一週間ばかりたつと、内地から補充された予備役のおっさんたちが六名ほど門頭溝の中隊から到着し、私たちの小隊へ補充されてきた。

 ところがこれは、中隊の方で手におえぬ者を選んで送ってきたかと思われるほど始末に負えぬ連中で、下士官たちを呼ぴすてにするばかりか、小隊長の命令さえ無視して、満足に勤務にもつかない。

 二、三年兵は神様だがオレたちはその上のホトケ様だといって、毎日一人あたり二合ずつ支給される酒やピールはホトケ様へお供えしろ、と私たちに強要してまきあげ、朝から晩まで室内にとぐろを巻き賭博や飲酒にふけっている、いわゆる兵隊やくざであった。

 おとなしい小隊長は、さわらぬ神にたたりなしとばかりに、こうした彼らを知りつつ放任していたが、そのうちに彼らは恐るべきことをやってのけた。

 ある夜、二名の捕虜が逃亡をくわだてた。これをとらえた小隊では他の捕虜たちへの見せしめのため斬首して校庭のすみへ埋めた。これを見た彼らはさっそくこの首を掘りかえし、脳をとりだしてくってしまった。

 たまたまそのとき用事のため彼らのたむろする部屋へはいった私にたいしても、「珍らしい肉が煮えているからひと口くっていけ」といってすすめたが、私は彼らと接触することをさけるため、隊務にことよせてこれをことわりはやばやと退散した。

 このときはその肉が何であるか知らなかった私であったが、翌日になってそれが人間の脳ミソであることを知り、身の毛がよだつ思いがした。

 彼らは外出すれば、飲み屋の女や淫売婦たちをおどして金をまきあげ、他隊の兵隊と帯剣を抜いて刃傷沙汰におよぶという、まったく街のごろつき顔まけの行為をつづけていたが、彼らの仲間は私たちの小隊だけではなく、門頭溝の中隊にもいた。(同書P58〜P59)

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井上源吉氏は、1937年3月応召、北支那駐屯軍歩兵第一連隊に入営。1938年5月東京陸軍憲兵学校を卒業後、中国各地を転任、終戦時陸軍憲兵曹長。憲兵としてのさまざまな体験談が語られており、興味深く読める一冊です。なお上は、憲兵になる以前の兵隊生活でのエピソードです。


次は、「歩一〇四物語」。上海戦の頃の記述です。


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戦後、いろいろの作家が戦争と犯罪について書いているが、私は別の角度から書いてみたい。一つは迷信に基く純朴な犯罪についてである。

 Aの妹は肺病(結核と思うが)である。Aは両親がなく妹と二人だけであった。不治の病と宣告されていた。妹の病気には脳の黒焼がいいということを聞いていた。彼は敵兵の脳をひそかにとって、おぼろげな話をたよりに黒焼を作って凱旋の日を待った。

 Bの母は中風で半身不随であった。それには人間のきもがよく効くという。彼はきもをガーゼにのばして陰干にした。彼はこれを後生大事に持っていた。

 Cの愛児は今でいう脊髄カリエスであった。人骨を粉にしてのませると治るという話だ。彼は人骨集めに夢中になった。ある日、友達に発見された。

 この三人はみんな戦死したという。これは私が病院で聞いた話である。これは、うちの連隊の兵士のことではない。

(P426〜P427)

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この本、「第十三師団歩兵第一〇四連隊」のいわば「公式戦史」なのですが、無味乾燥に戦闘の叙述を並べるにとどまらず、いろいろと面白い記事が掲載されています。これまた、読んで損のない一冊です。



さて、「鉄砲担いで幾山河」を含めた3冊のうち、「歩一〇四物語」は、病院での噂話であるに過ぎません。しかし、あとの2冊を読むと、この「噂話」は十分ありうることではないか、という気がしてきます。

「鉄砲担いで幾山河」では、筆者は、「脳を食った」伍長の話を、自分の直接の目撃談として語っています。しかも、自分も相手も実名です

「戦地憲兵」は、筆者がその現場を見かけ、くっていけ、と勧められた話。「それが捕虜の脳であることをどのようにして知ったのか」という細かい話は省略されていますが、井上氏自身が「それは脳だった」と認識していたことは事実です。

念のためですが、紹介した三冊は、別に「日本軍告発の書」ではありません。いずれも、よく見かける「戦場体験追憶物」です。「鉄砲担いで幾山河」にも、しっかりと当時の上官の推薦文が載っています。


以上は、たまたま、自分の手持ち資料の中で、私が気がついたものであるに過ぎません。本気で捜せば、この種の話はまだまだ見つかるかもしれません。

まあ私も、ある程度信頼できる資料の中にこんな話が出てくるとは、ちょっと意外でした。中国側資料には、我々の感覚ではちょっと信じがたい「猟奇的事件」がいろいろと出てきますが、ひょっとすると、そのうちの一部は、日本軍の異常者によるこの種の話が拡大されて伝わった、という可能性もあるのかもしれませんね。

  犬を食べる事の何が悪いのですか? 皇帝 2005/03/13 18:13:33 
   └全部読んでね(^^; ゆう 2005/03/13 18:39:13 
    └すいませんね 皇帝 2005/03/13 18:49:25 

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