Re:上海で日本人が経営する写真館
熊猫さん:>上海で日本人が経営する写真館が「大阪毎日新聞上海支局嘱託写真班」或は「大使館附海軍式館附写真班」として1937年に戦場の写真集を出版しており、...
貴重なお話し、ありがとうございます。これは、何か資料があるのでしょうか。もう少し詳しくお教えいただければ幸いです。 Carroll Alcott は著書の中で、奉天と上海に事務所があったという「アツ・シンジケート」(Atu Syndicate)という名前をあげていますが、まだ、その存在を確認していません。
下↓の投稿では、毎日新聞の写真が他に使われたのではないかとしていますが、その後、この写真は業者から毎日新聞が提供を受けたものと考えるようになりました。 『不許可写真が軍事郵便はがきになった例』 http://t-t-japan.com/bbs/article/t/tohoho/8/afwqrf/cxxqrf.html#cxxqrf
また、「大使館附海軍式館[武官?]附写真班」というのは、興味があるところです。というのは、その写真館は諜報活動をしていたと推測されるからです。 なお、Carroll Alcottの本にでてくる「鈴木」というのは、日本軍の特務機関員とおもわれます。中国の邦人カメラマンを使っていたとしています。
-- 以下引用 -- これらのアマチュアに加え、鈴木氏はその任務に多くのプロのカメラマンをかかえていた。(アマチュア・カメラマンの)観光客は市部や踏み固められた道に留まったが、プロは奥深く禁じられた場所を歩き回った。最も有能な日本の写真組織はアツ・シンジケート(Atu Syndicate)であった。奉天と上海に事務所を持ち、東アジア全域にカメラマンを送った。ひところは、150人を超える写真家をそのスタッフとして擁していたが、ひとつのシンジケートとしては非常識な人数が、アジアの国々の現地風景写真に特化した商事業に従事したのである。(引用者訳) [Carroll Alcott, "My War with Japan", NY, Henry Holt and Company,1943, p.302] なお、この文章は http://otd2.jbbs.livedoor.jp/mondou/bbs_plain?base=30427&range=1 の投稿の末尾に掲載した「資料5」に続きます。(2005/3/13加筆)
-- 原文 -- In addition to the amateurs, Mr. Suzuki kept a good many professional cameramen on the job. The tourists stuck to the cities and the beaten paths, but the experts roamed into far-away and forbidden places. The most effi- cient of the Jap photographic organizations was the Atu Syndicate, which had its offices in Mukden and Shanghai and sent cameramen all over eastern Asia. At one time it had more than 150 photographers on its staff, a preposter- ous number for a syndicate operated as a commercial con- cern specializing in pictures of native scenes of the countries of Asia.
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